学生の思想を読む

国ではなく国語に住む我々の、思考の差異を追求します。

意味の捕捉と創生について

                                   2020/11/28

                                    Re:que

 

1.語の概念(意味)はどのように捉えられてきたか 

 「意味」とは『大辞林』第2版では、(1)ある行為に込められた意図・理由、(2)物事がある脈絡の中でもつ価値・重要性・意義、(3)行為に込められた気持ち、(4)ある言語表現に込められた内容・目的、(5)言語・記号などで表現され、また理解される一定の内容、といった5つの定義をあげている。この「意味」の定義を展開すると、それは物事の価値や重要性を表すものが多義であるので、語の意味となる。

 「概念」の定義は広辞苑によると「概念は言葉に表現され、その意味として存在する」とされている。概念がいかに生じるかという問いについて、実際には見ているが、意識することがないために、名前の存在を意識しない。現実世界に存在するモノに注意を向けて意識することによって、モノに境界線を設定して新たな名前をつけるときに新たな概念が生じるのである。モノの部分の名前には、人間の体にたとえられることが多いが、この理由は名前を記憶しやすくするためである。言語学では「概念」をどのように定義したらよいであろうかというと、「概念とは言語音を聞いたときに頭に浮かぶもの」と一時的に定義することが可能である。
 ある人を見て、”boy”のカテゴリーに入れるには、その人に”boy”のカテゴリーに入れるだけの属性がなければならない。このようなカテゴリー観を古典的カテゴリー観とよぶ。語の概念を、古典的カテゴリー観の考え方に基づいて捉えたのが変形生成文法家と呼ばれる人たちである。カテゴリーを形成する属性を意味素性と呼び変えて、語の概念を意味素性の集合体と考えた。さらに、彼らは意味素性を「根源的な意味であり、それ以上に分解できない最小の意味単位である。」、「人間の認識・感覚機構に根ざしているものであり、どの言語にも当てはまる普遍的なものである。」という二つの定義として仮定した。

 特定のカテゴリーを決め、提示した語がそのカテゴリーに属するかどうかを判断させる実験を行う。鳥というカテゴリーが示されると、”robin”や”sparrow”では早い反応が起き、”ostrich”や”penguin”では反応が遅い。これは鳥というカテゴリーによって頭に浮かんだ概念と”robin”や”sparrow”の概念が一致しやすい。それに対して、”ostrich”や”penguin”によって思い起こされた概念とは一致させるのに時間がかかったと思われる。”bird”という語を聞いて頭に浮かぶのは”robin”や”sparrow”のような鳥であり、これらは”bird”という語によって示されるものの典型的な例であった。それに対して、”ostrich”や”penguin”は非典型的な悪い例であった。我々は物事を見た時に、ある一定の規定に基づいた判断を下す。これをプロトタイプ理論と呼ぶ。

 鳥のプロトタイプは文脈によって異なってくる。ある状況や文脈における理想的な知識構造を背景にして、特定の語の意味を私たちは理解している。例えば、”bird-watching”をするのはどういう風に、何のためにそうするのかということについての理想的な知識構造がある。この知識を背景にした「鳥」の指すものは美しい鳥や人里ではあまり見かけない鳥、鳴き声の美しい鳥を指すことになる。これは私たちが日常生活の中で経験し学んできたものである。このような、人間の持つ理想的な知識構造をモデル化したものを理想認知モデルという。理想認知モデルは、人間が経験の中で学んできたものであるので、社会・文化・環境によって異なるものである。

 二次元的、三次元的な概念を言葉で表すことは難解である。それを図式化したものをイメージスキーマと呼ぶ。「内」と「外」は人間の体内と体外の感覚から生まれた概念であり、それが他のモノにも拡大した。日本語では「内」と「家」は同じ語で、体から家に「内」の範囲が拡大されている。このことから日本人はウチとソトを強く区別することがわかる。”I drew a line across the blackboard.”という英文があったとして、黒板”landmark”に向かって縦と横どちらに向かって線”trajector”を引くかは、”acrossの”スキーマにある主要軸による。主要軸は”landmark”の形状から規定できる場合もあれば、”landmark”の機能やそれに向き合う人間が投影する軸から定義されることもある。

 


2.語の概念(意味)はいかにして生み出されるか.

 語の意味はメタファーという抽象概念によって生み出されている。例えば“He bombarded Catherine with questions to which he should have known the answers.”という文には辞書を引かないとわからない意味と引かなくてもわかる意味がある。”bombard”には「~を砲撃する」という意味の他に、”Argument is war”という概念メタファーから「質問などで攻め立てる」という意味がある。言語・文化によって、物事をどのように見るかという概念メタファーが異なる。異なる言語の意味の理解にはメタファーの違いを知ることも重要である。“Honey, you look great today!”や“She’s the cream in my coffee.”のように、英語話者の発想には、「愛の対象はおいしい、食欲をそそる食べ物である」という概念メタファーがあることがわかる。

 言語伝達のメタファーには”A:ideas (meanings) are objects.”、”B: communication is sending.”、”C: linguistic expressions are containers.”という三つの種類が存在する。このような言語伝達の概念化は1:「概念・意味」というのは、人間や文脈とは関わりなく存在するものである。2:単語や文の言語表現は文脈や話し手と無関係に存在するものである。といった言語観を反映したものと考えることができる。モノや容器はそれ自体最初から存在しているので、それらに喩えられている「概念・意味」や「言語表現」も独自に存在にすると考えられることになる。これまでの例から,外国語の話者がどのような見方や発想で言葉を用いているか知るのにメタファーの知識が必要であることがわかる.

 

以下の例文で用いられている下線部”Time”の概念はかつて”Money”として代替されていた。

・You’re wasting my time.

・I don’t have the time to give you.

・How do you spend your time these days?

・That flat tire cost me an hour.

I’ve invested a lot of time in her.

・You’re running out of time.

・Put aside some time for ping pong.

このことから、現在で用いられる”Time is Money”の時間という抽象概念はいくつかのメタファーによって形成されていることがわかる。その形成過程で、語や表現が時間に関する新しい、抽象的な意味を獲得している。

 

 1つの概念からそれと同じ概念領域内にある別の概念にアクセスする認知プロセスを概念メトニミーという。英語における「新聞」「記事」「新聞紙」「新聞社」は冠詞の”a”や”the”を除いた表現はすべて”Newspaper”となる。これは”Newspaper”の持つ概念メトニミーがその後の用いられている文意によって変動することを意味している。また、” I bought a Ford.”といった場合の”Ford”とは会社そのものではなくフォード車で生産された車を指すことになる。概念メトニミーへのアクセスの仕方のタイプは「製作者がその製品を表す」、「容器がその中身を表す」、「全体が部分を表す」、「道具がその使用者を表す」、「使用する体の器官が、その器官によって生み出されたものを表す」など、非常に多岐にわたる。

 概念メトニミーには三つのタイプがあり、その要点は以下の通りである。

 指示のメトニミーは、様々なタイプがある。言語の使用の中で、意味へのアクセスの仕方にある程度の共通性があり、それがパターン化して、言語表現から意味へのアクセスを容易にしているのである。

 出来事のメトニミーは、AとBの出来事が時間的に連続あるいは近接して起こる場合に,Bの出来事を指すのにAの出来事を述べることである。

 感情表現のメトニミーは、興奮・怒り・誇り・喜びなどによって引き起こされる身体的状態を述べることによって、そのような状態を引き起こした感情そのものを表わすことである。



参考文献

 

松村明(編) (1999)『大辞林』第二版、三省堂 

 

新村出(編) (2018)『広辞苑』第七版、岩波書店